デザイナーの銘も、工房のサインも入ることのない、中国のアンティークは、時代考証も難しいのが、現実。
時折、家具や古民具に書かれている文字が、ヒントになる場合があります。
例えば、この2段の手提げ桶。側面と蓋の裏に、「天水遣適」「乙亥荷月」という墨入れがしてあります。
まず、「乙亥荷月」について
これは、さほど難しくはありません。ずばり1935年6月という意味です。
乙亥(きのとい)は、西暦を60で割って15余る年、すなわち、この品物は、1875年、1935年、1995年のいずれかの作と言えます。(信ずるならば・・・)1995年はありえませんし、1875年となると、130年以上も前なので、コンディションから考えて、これもまたちょっと無理がある。ということで1935年が妥当という根拠。また、荷月は 荷=ロータス(蓮)から、今で言うと6月頃を指す呼び名です。
続いて、「天水遣適」について
これは、まったく分かりません。米や穀物の枡の場合は、計量に用いますので、時折、検査をパスした証しが刻印されていることもありますが、今回のような手提げの桶は、商人の道具ではなく、もっぱら名家や豪農、豪商の家で用いられたもの。
多くが竹製ですが、こちらは木製。側面や蓋に金色の描画が施されています。しっかりとした作りで、木部の厚みもありますし、仕立てもなかなかよく、きっとどこかのお屋敷が誂えさせたものでしょう。
では、これは何か?「天から授かった大切なお水を遣う(運ぶ)のに適している」というのは、水を直に入れるものではないので、どうも間違いのようです。そこで、FBの中国家具愛好家のページで質問してみました。
およそ100人位のメンバーからなるグループで、中国の古い家具を愛するコレクター、バイヤーからなり、以前から、読者が互いの疑問や質問を投稿し、価値や歴史を問うていましたので、私も、ここに投稿をしてみました。
すると、いくつかの意見があり、そのなかで、納得できる答えを得ることができました。
まず、最初の2文字「天水」は、甘粛省の天水という地名であろうということ。たしかに調べてみると甘粛省に天水という地域があるようです。
そして、後半の2文字「遣適」は名門のお家に輿入れすることを意味するようです。
たしかに、中国では、古来、いわゆる婚礼の儀式や結納にあたる式に際して、桶や容器にお米や現金を入れて、娘に持たせる風習もあります。
ということで、
この8文字を妄想を含めて、読み解くとこのようになるのかもしれません。
時は1935年、中国は甘粛省の東部の市、天水。この地の名家に生まれ育ったある娘18歳。親の勧めもあり、同じく天水で長く政を司るお屋敷の息子と結ばれることになりました。大切な娘の婚礼にあたり、彼女の両親は、恥ずかしい思いはさせまいと、財産をつぎ込み、衣装や輿入れの道具を誂えさせます。特に、婚礼の儀に欠かせない桶やカゴは、町一番の木工職人を呼び、丈夫で見応えのあるものを用立てさせました。
婚礼は、6月。初夏の爽やかな風が吹き、青葉が茂っていました。賑やかにそして祝いの歌が絶えることのない婚礼の宴。庭の池には睡蓮の花が幾つも咲いています。花の色は、花嫁のさす紅の色と同じ、薄い紅の色でありました・・・・
めでたしめでたし。
あなたの持っている家具や行李も、裏を見てみてみてください。ひょっとすると今回のように物語を想起させるようなことが書かれているかもしれません。古い書物は不要。多くのファンが集まるSNSで意外と簡単に謎解きができるかもしれません。